ブレッド・ミュージック

　夏も終わり、秋に入ろうとしている十勝に遊びに行きました。
　朝早くに札幌を出発して十勝は清水に入り、まずはルアー。午後２時に音更につけばいいので、それまで楽しく時間をつぶすつもりです。
　結局、釣果はボウズでしたが久しぶりの釣りがとにかく楽しい。２時間ほど竿を振ってから、浜ちゃんお薦めのうまいラーメンを食べ、温泉に入り音更に向かいます。
　今回の集合場所は、パン屋です。
　脱サラ移住者のパン屋さんで、この日、開店一周年記念のパーティが盛大に行われるのです。
　御主人のケンさんは、サラリーマンをやめたあと東京と十勝でパン職人の修行をして、平成９年（１９９７年）８月末にこの店をオープンしました。そして奥さんのハナさんと夫婦二人三脚で１年間がんばってきたのです。
　パンの味は、はっきり言って、うまい！
　特にライ麦パンは目からウロコが落ちる思いでした。いかに自分が今までろくなパンを食べてこなかったのか考えさせられてしまいました。
　店は元ドライブインを自分たちの手で改装。当時、仙人生活をしていた浜ちゃんは、その夏はずーっと店の改装作業を手伝っていたそうです。
「このベランダ、柱のいくつかが土台がないんだよね。材料もツーバイフォーの建材を適当に使ったんだけど、いつまでもつかなぁ」
　オープン当日、浜ちゃんが一服しながら、満足そうな笑顔で言っていたのを思い出します。「十勝には、こういう人たちがいるのか、そうかそうか」ボクの十勝通いが始まったのもこの時からです。
　それから１年、店の営業は順調だったらしい。
　これまで休みが週１日だったのだが、さすがに身体にこたえるということで、これからは週２日になるそうです。

　 　ボクはちゃんと午後２時に到着したのだが、パーティはすでに始まっていて、もうできあがっている人がいました。
　先客にはめずらしく足寄からプリティさんが家族を引き連れてきていました。
　ボクとほぼ同じにナガイさんもやってきました。
　マツオカ師匠もきていました。札内川でお仲間と釣りをしてきたそうです。師匠はしっかりとニジマスを釣ってきて、キッチンを借りて香草焼きにしてくれました。それをボクは、ちょっとくやしく思いながら、誰よりも多くいただいてしまいました。ごちそうさまでした。
　砂金掘りのフノさんは、すでにできあがっているうちの一人。
｢どこから来たの？｣
｢札幌です｣
｢なに！札幌！ひどい所に住んでるねぇ。日本で最悪の場所は、１に東京、２に大阪、３に札幌だぁ｣
と、いきなりいじめられる。
　そうこうしているうちに、べっぽさん家族がやってきました。浜ちゃん夫婦も東京からやってきた遅出しさんといっしょに到着です。ぞくぞくと人が集まってきます。人が増えるたびに酔っぱらいが増産されていきます。
　酒はいくらでもありますが、つまみはパンだけ。あたりまえです。パン屋のパーティです。何が悪い。
「１番、うまかっちゃん！パンを食べます」
　うまかっちゃんがフランスパンを１本まるごと一息に食べました。危険な雰囲気がただよい始めました。
「２番、ナガイ！木工します」
　酔っぱらったナガイさんが、どこからか工具を持ってきていきなりベランダの柱を削りだしました。
「うわーっ、やめてくれぇ！」
　あわてるケンさんを、「おもしろそうだから、やらせておきなさい」と、長老連中が後ろから羽交い締めにします。
　かわってボクと浜ちゃんがナガイさんを止めようとベランダにかけよった瞬間、バキバキという音とともに床がかたむき、一気にはじけ飛びました。ボクと浜ちゃんは地面に放り出され、ナガイさんは人間大砲のように、ものすごい勢いで道を飛び越えて林の中に頭からつっこんでいきました。 　ベランダは土台とはつながっていませんでしたが、建物とはしっかりつながっていました。床下の柱が建物を縦にまっぷたつにしていたのです。
　見上げると、ベッポさんちのユウタが呆然と崩れかけた屋根の上にのっていました。

タイトル元ネタ
『ブラッド・ミュージック』　グレッグ・ベア
　遺伝子工学から生まれた知性を持った白血球が無限に増殖して最後には・・・
（ハヤカワ文庫）