ビート畑でつかまえて
気がついたら愛車マーチ君の中で寝ていました。湿気で窓ガラスが真っ白です。
朝5時、歴舟川は滔々と流れていました。もちろん、誰も起きていません。
歴舟川キャンプ2日目の朝です。昨夜の果てしなき宴の中、寒さに負けて小休止のつもりでマーチ君の中に入ってそのまま寝てしまっていたのです。
キャンプ場には川の流れる音だけが満ちていて、ときおり甲高い鳥の鳴き声が聞こえてきます。天気は曇りでちょっと肌寒く、宴会跡から少し離れたところにイスを移動して、文庫本を読み始めました。
お湯でもわかしてお茶でも飲むかなと思っていたところにクルマの音が近づいてきて、橋脚の影からコカゴさんのランカスターがゆっくりと現れました。
「おはようございます。朝早いですね」
「おはよう、みんなまだ起きてないんだ?これ差し入れのいなり寿司とプリンね」
といって、大きな包みをくれました。
「わぁ、ありがとうございます。えっ、これ全部、手作りなんですか?すごすぎる」
「うん、あのね、もっと一杯作りたかったんだけど、バレラが脱走して捜しにいかないといけなくなっちゃって」
「バ・バレラ?あぁ、あの馬ですか!えぇぇ脱走!」
昨日、奥さんが乗ってきた白い馬が入り口の柵をけやぶっていつの間にか脱走してしまっていたのだそうです。
そこへクロカワさんが起きてきました。
「逃げちゃったの?みんなが起きてきたら応援に行くから」
「今、いろんなところに電話して情報を集めている所なんです。畑を荒らすのが一番恐くて」
急いで帰っていくコカゴさん、どうしようと途方にくれる私、「あわてたってしょうがないでしょう」と、お湯をわかし始める落ち着き払ったクロカワさん。
クルマの音で目が覚めたのか、みんなゾクゾクと起きてきました。ひととおり集まったところでクロカワさんがバレラ脱走事件を知らせました。
3人寄ったら文殊の知恵と言いますが、10人寄ったら烏合の衆の私たちは、コカゴさんの差し入れを食べながら当座の作戦会議を始めました。
「馬だけに逃走範囲が広そうですね。ムシャムシャ」
「捜索のための人もいるけどクルマも何台もいりますね。ムシャムシャ」
「これを食べ終わったら留守番を残して全員で応援に行きましょう。ムシャムシャ」
あっという間にいなり寿司を食べて(プリンは子供たち優先で配られました)、浜ちゃんライトエース、たーし君サファリ、クロカワさんサニー、サカムラさんエスティマ、私のマーチの5台でコカゴさんの家に向かいました。
コカゴさんの家は尾田の街から更別に向かう道を少し走ったところにあります。コカゴさんの家に着くと、ちょうどコカゴさんも外に出ていました。地図を広げて捜索範囲の検討です。
「たぶん、逃げ出してから3時間は過ぎているから、50キロ先にいるかもしれない」
「というと、この辺りから、この辺りまでですね」
浜ちゃんが指で示したのは、大樹町を中心とした十勝南部です。
「うーん・・・」
全員でうなりました。
道に残された馬糞から更別方面に逃げたようなので、みんなで更別方向に向かい、主要な道ごとに分かれて捜すことになりました。
国道沿いにしばらく走ったら、先頭の浜ちゃん号がいきなりストップ、携帯電話で連絡をとっている模様です。しばらく待ってからUターンしたので、みんなも続いてUターン。
コカゴさんの家に戻るのかと思ったら、またストップしてUターン、農道に入って畑沿いに2キロほど走ったところで止まりました。
浜ちゃんがクルマから降りてきて畑の方を指をさすと、そこにバレラがいました。もうコカゴさんの奥さんがいっしょでした。
コカゴさんがランカスターで合流しました。
「みんなが出て行ってすぐに知り合いの人から連絡があったんですよ」
コカゴさんの奥さんに連行されてバレラがやってきました。自分が何をしたのか知ってか知らずか、しきりに道ばたのタンポポばかりを食べていました。食べ方が豪快で、顔を傾けて茎の方から何本もまとめてむしっていました。某タウン誌社長の馬はタンポポが大嫌いなのに、馬にも好き嫌いがあるんですね。
カムイコタンキャンプ場に戻ってきたのは10時前でした。
「それじゃあ、りゅうげん君とたーしとクロカワさんだけで昨日と同じコースを下ってきてください」
えっ、まあいいか、よっしゃー、川が呼んでいる!とテンションを上げながら昨日と同じスタートポイントに搬送されました。
「先に行くから」
たーし君がさっさと出発しました。間をおいて私が続きます。その後ろにクロカワさんです。
「いいぃ、やっほー!」
最初の瀬を一気に抜けました。ザブンザブンと波をかぶりますが、流れが素直なので単純に楽しめます。
続けて少し小さい瀬を越えると、急に川が広がり、そのかわり浅くなります。前方を見るとたーし君がコース取りに失敗して岩にひっかかって立ち往生していました。
「おさきにー!」
立って歩けるところなので、気にしないでその横を通り抜けました。
また川幅がせばまって瀬が激しくなりました。
流れに乗り、岩にぶつけないようにしてまっすぐに突き進みます。これがプレイボートだとパドルの入れ具合ひとつのミスで回転して岩にひっかかり沈してしまうでしょう。ベテランにはそれくらい敏感な操縦性がいいのでしょうが、私にはファルトぐらいのがちょうどいいです。
ヌビナイ川との合流地点の大きな瀬も無事にクリア、ゴールを目の前にしてゆっくりとした流れに一息つきました。
最後の二股に分かれている瀬が近づきました。左がゆるい瀬、右が「仙人の瀬」です。たーし君とクロカワさんとうなずき会いました。
「やりますか」
「そうしますか」
「うぉぉりゃー」
と、3人とも”ゆるい瀬”を一気に漕ぎ抜けました。
「こらー!仙人の瀬に挑戦しなさーい!」
キャンプ場で待っていた浜ちゃんに怒られました。
クロカワさんは、「もういいです。堪能しました」と、早々と撤収。私とたーし君は、仙人の瀬だけ挑戦するためにファルトボートをかついで、すべる岩に足を取られながら、数十メートル上流に「えっほえっほ」と戻りました。
そして再び歴舟川に漕ぎ出し、仙人の瀬に向かいました。
仙人の瀬はS字コーナーです。
アウトから攻めると岩に張り付いてしまうので、教えられたとおりにインから攻めました。
波しぶきをあびながら、最初のコーナーに鼻先を入れたら一気に艇を左に向け岩の間をすり抜けて、すぐに右方向へパドルを入れます。空中にほうられるように落ち込みを抜けるとゴール。
2人とも沈しませんでした。
帰りにナガイさんの家に寄って、誰も沈しなかったことを報告したら、たいへんくやしがっていました。
タイトル元ネタ
『キャベツ畑でつかまえて』 野田昌宏
元ネタが『ライ麦畑・・・』のぱくりですが、著者の野田昌宏(スペオペ大王)宇宙大元帥が社長を務める、かのテレビ番組制作会社日本テレワーク(『所さんの目がテン』とか『料理の鉄人』等々)のスタッフが繰り広げる現実とSFがミックスした軽快な連作短編集です。悪い宇宙人がガチャピンのぬいぐるみを着込んで登場するのが笑えます。ちなみにガチャピンのモデルは野田さん本人だそうです。『十勝のドタバタ遊び放題日記』も、こんな感じで書きたいのですが才能がないものでこの有様です。
(ハヤカワ文庫)
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